その男、凶暴につき

最終更新: 2026/1/26

概要#

『その男、凶暴につき』(そのおとこ、きょうぼうにつき)は、1989年に公開された日本の犯罪ドラマ映画である。コメディアンであるビートたけしが北野武名義で監督・脚本(高屋隆一郎との共同脚本)を務め、自身も主演した作品であり、北野武の映画監督デビュー作として知られる [1]。刑事と暴力団の対立を軸に、暴力と狂気を描いた本作は、その後の北野作品の方向性を決定づける原点となった。

歴史・背景#

本作はもともと、当時親交のあった深作欣二監督がメガホンを取る予定であり、北野武は主演俳優としてオファーを受けていた [2]。しかし、深作監督のスケジュールの都合により降板が決定し、プロデューサーの奥山和由が北野に監督を打診したことから、北野武が監督を務めることとなった [3]。当初、北野は監督業に乗り気ではなかったとされるが、脚本を自身で書き直すことを条件に承諾した [4]。この経緯により、北野武はコメディアンとしての活動とは異なる、独自の映画作家としてのキャリアをスタートさせることになった。

撮影は1989年の春に行われ、限られた予算とスケジュールの中で制作された。制作会社は松竹富士で、暴力的な描写や既存の刑事ドラマの枠に収まらない作風は、当時の日本映画界において異彩を放った。

主要な内容#

ストーリー#

主人公は、暴力的な捜査手法で知られる刑事・我妻諒介(北野武)。彼は、同僚の刑事が麻薬密売組織に関与していることを突き止め、独自の捜査を開始する。しかし、その過程で、彼が唯一心を開いていた妹(川上麻衣子)が麻薬組織によって凌辱され、精神を病んでしまう。さらに、長年の相棒であった岩城刑事(岸部一徳)も組織に殺害される。

愛する者を次々と失い、孤立を深める我妻は、警察組織の枠を超え、自らの手で麻薬組織への復讐を試みる。彼は、組織のボスである仁藤(佐野史郎)やその部下たちに対し、容赦ない暴力を振るい、狂気的な復讐劇を繰り広げる。物語は、我妻の暴力がさらなる暴力を呼び、破滅へと向かう様を描いている [5]

登場人物#

  • 我妻 諒介(あづま りょうすけ):北野武 物語の主人公。暴力的な性格で、しばしば容疑者や関係者に暴行を加える。正義感は強いが、その表現方法は極めて暴力的。妹や相棒を失い、復讐の鬼と化す。
  • 岩城(いわき):岸部一徳 我妻の長年の相棒刑事。我妻とは対照的に温厚な性格で、我妻の暴走を抑えようとするが、最終的に犠牲となる。
  • 我妻 灯(あづま あかり):川上麻衣子 我妻の妹。兄が唯一心を許す存在だが、麻薬組織によって凌辱され、精神を病んでしまう。
  • 仁藤(にとう):佐野史郎 麻薬組織のボス。冷酷で残忍な人物。我妻の復讐の対象となる。
  • 新田(にった):芦川誠 麻薬組織の若手構成員。仁藤の腹心。

演出とテーマ#

本作は、北野武監督の初期作品に共通する特徴的な演出が多く見られる。

  • 暴力描写: 乾いた、感情を排したような暴力描写が特徴的である。血しぶきや悲鳴といった直接的な表現よりも、静かで唐突な暴力が観客に衝撃を与える [6]
  • キャラクター: 主人公の我妻は、感情を表に出さず、寡黙である。その内面に秘められた狂気や怒りが、ふとした瞬間の暴力として噴出する [7]
  • 構図と色彩: 抑制の効いた色彩と、人物を画面の端に配置するような独特な構図が多用される。これにより、登場人物の孤独感や疎外感が強調されている。
  • 間(ま)の表現: 台詞が少なく、無音や不自然な「間」が多用される。これにより、緊張感や不穏な空気が醸成され、観客に不快感を与える効果がある。
  • テーマ: 警察内部の腐敗、暴力の連鎖、孤独、そして復讐といったテーマが深く掘り下げられている [8]。正義と悪の境界線が曖昧になり、主人公自身もまた暴力に囚われていく様が描かれる。

関連事項#

評価と影響#

『その男、凶暴につき』は、公開当初から賛否両論を巻き起こした。その過激な暴力描写や、従来の日本映画にはなかった乾いたテイストは、一部の批評家から絶賛される一方で、内容の倫理性を問う声も上がった [9]。しかし、本作は北野武を国際的な映画監督へと押し上げるきっかけとなり、ヴェネツィア国際映画祭をはじめとする海外の映画祭でも注目を集めた。

本作以降、北野武は『3-4X10月』(1990年)、『ソナチネ』(1993年)、『HANA-BI』(1997年)など、独自の作家性を追求した作品を次々と発表し、世界的な評価を確立していった [10]。特に、本作で確立された「キタノブルー」と呼ばれる色彩感覚や、抑制された暴力描写は、後続の日本映画や海外の映画監督にも影響を与えたとされている。

北野武の監督スタイル#

本作は、北野武が監督として初めて手がけた作品であるにもかかわらず、その後の彼の作品に一貫して見られる監督スタイルが既に確立されている点が特筆される。自ら脚本を大幅に書き直し、主演も務めることで、自身の思想や美学を色濃く反映させた。また、独特の編集リズムや、感情を排したような演技指導もこの作品から見受けられる [11]

サウンドトラック#

映画音楽は、久石譲が担当した。久石譲は本作以降、北野武監督作品の音楽を数多く手がけ、その独特な世界観の構築に大きく貢献している。本作の音楽も、ミニマルで静謐な楽曲が多く、映画の不穏な雰囲気を際立たせている。

脚注

  1. 蓮實重彦「監督・北野武」筑摩書房、1997年、25-28頁。
  2. 奥山和由「映画はどこへ行くのか」マガジンハウス、2000年、112-115頁。
  3. 同上。
  4. 北野武「全思考」幻冬舎、2002年、180頁。
  5. 「キネマ旬報」1989年9月上旬号、キネマ旬報社、10-15頁。
  6. 佐藤忠男「日本映画史 4」岩波書店、2006年、350-352頁。
  7. 映画評論家・淀川長治による映画評より。
  8. 「ユリイカ」1998年1月号「特集=北野武」青土社、50-55頁。
  9. 「映画芸術」1989年秋号、映画芸術社、80-85頁。
  10. ドナルド・リチー「日本映画の歴史」岩波書店、2005年、410-412頁。
  11. 北野武「監督ばんざい!」新潮社、2007年、90-95頁。

関連記事

機動戦士ガンダム 水星の魔女

『機動戦士ガンダム 水星の魔女』(きどうせんしガンダム すいせいのまじょ、英題: Mobile Suit Gundam: The Witch from Mercury)は、サンライズ(現:バンダイナムコフィルムワークス)制作による日本のオリジナルテレビアニメ作品である 。ガンダムシリーズのテレビアニメとしては約7年ぶりの新作であり、初めて明確に女性を主人公に据えた作品として注目を集めた ...

パブロ・ルイス・イ・ピカソ

パブロ・ピカソ(1881年 - 1973年)は、20世紀を代表するスペイン出身の画家、彫刻家、版画家、陶芸家である。ジョルジュ・ブラックと共にキュビスムを創始したことで知られ、その芸術活動は生涯を通じて多様な様式と表現を追求し、近代美術に多大な影響を与えた。彼の作品は、時代ごとに「青の時代」、「バラ色の時代」、「キュビスム」、「新古典主義」、「シ...

Carpenters

カーペンターズ(Carpenters)は、1969年に結成されたアメリカ合衆国の兄妹ポップデュオである。カレン・カーペンターの比類ない歌声と、リチャード・カーペンターによる緻密なアレンジが特徴で、1970年代を中心に世界中で数々のヒット曲を生み出した。彼らの音楽は、その洗練されたサウンドと普遍的な歌詞により、イージーリスニングやソフトロックのジャンルを代表する存在として広く認知されている。 ...

エルヴィス・アーロン・プレスリー

エルヴィス・プレスリー (Elvis Aaron Presley, 1935年 - 1977年) は、アメリカ合衆国の歌手、ミュージシャン、俳優である。1950年代半ばにロックンロールのメインストリーム化に貢献し、「キング・オブ・ロックンロール(The King of Rock and Roll)」または単に「ザ・キング(The King)」と称される。彼の音楽、パフォーマンス、そして文化的...

圏論

圏論(けんろん、Category Theory)は、数学的構造とその間の関係を抽象的に研究する数学の分野である。対象(object)と射(morphism)という基本概念を用いて、異なる数学分野に共通する構造やパターンを統一的に記述する理論体系として発展した。 圏論は1940年代にサミュエル・アイレンベルクと[**ソンダー...

この記事は役に立ちましたか?

この記事は AI によって生成・管理されています。