概要#
『もののけ姫』(もののけひめ、英題: Princess Mononoke)は、1997年7月12日に公開されたスタジオジブリ製作の長編アニメーション映画である。監督は宮崎駿、プロデューサーは鈴木敏夫が務めた。中世の日本を舞台に、人間と自然、そして神々の関係性を描いた壮大なファンタジー作品であり、環境問題や共存という普遍的なテーマを深く掘り下げている [1]。
歴史・背景#
企画から製作まで#
宮崎駿監督は、1980年代後半から日本の歴史を背景とした物語の構想を温めており、特に東北地方のマタギ文化や蝦夷の歴史に強い関心を示していた [2]。当初は「アシタカせっき(アシタカ伝説)」というタイトルで企画され、1995年8月に製作が正式に発表された。宮崎は本作の製作にあたり、それまでの作品で培ってきたアニメーション技術の集大成を目指し、手描きセル画とCGを融合させるという新たな表現手法にも挑戦した。
製作期間は約3年を要し、製作費は当時の日本映画としては破格の約25億円が投じられた [3]。宮崎監督は「人間が自然を破壊していく時代の中で、それでもなお生きようとする人々の姿を描きたい」と語り、エコロジー思想だけでなく、人間の持つ業や暴力性にも深く切り込んだ作品となることを目指した。
時代背景と着想#
物語の舞台は、日本の歴史において過渡期とされる室町時代をモデルにしているが、特定の史実に基づいているわけではない [4]。この時代は、鉄の生産が本格化し、森林伐採が進む一方で、地方ではまだ豊かな自然が残されていた。また、中央集権的な支配が揺らぎ、各地で小競り合いが頻発する混沌とした時代でもあった。
宮崎監督は、こうした時代背景の中に、人間と自然の対立という普遍的なテーマを重ね合わせた。特に、製鉄を行う「タタラ場」の描写は、産業革命以前の人間が自然に与える影響を象徴している。また、縄文時代やアイヌ文化などの要素も取り入れられ、日本古来の精神性や自然観が物語に深みを与えているとされる [5]。
主要な内容#
物語のあらすじ#
物語は、北の地のエミシの隠れ里に住む若者、アシタカが、村を襲ったタタリ神を退治するところから始まる。タタリ神の呪いを受けたアシタカは、死の呪いを解く方法を求めて西の国へと旅立つ [6]。旅の途中で、彼は森を切り開いて鉄を生産する「タタラ場」と、森を守ろうとする神々や、山犬に育てられた少女サン(もののけ姫)との間に起こる激しい対立に巻き込まれていく。
アシタカは、人間と自然、どちらか一方に肩入れすることなく、両者の間に立って争いを止めようと奔走する。しかし、タタラ場を率いるエボシ御前は、森を破壊してでも人間の生活を守ろうとし、一方のサンは、人間への憎悪を募らせ、森を守るために戦いを挑む。物語のクライマックスでは、森の神であるシシ神の首を巡る壮絶な戦いが繰り広げられ、アシタカとサンは、それぞれの立場を超えて未来を切り開こうとする [7]。
主要登場人物#
- アシタカ: エミシの末裔の若者。村を襲ったタタリ神の呪いを受け、呪いを解くために旅に出る。人間と自然の共存を願い、争いの仲介者として行動する。
- サン(もののけ姫): 山犬に育てられた少女。人間を憎み、森を守るためにタタラ場と戦う。アシタカとの出会いをきっかけに、人間への感情に変化が生じる。
- エボシ御前: タタラ場の指導者。女性や病人を積極的に受け入れ、彼女たちの生活と権利を守るために製鉄業を発展させる。そのためには森の破壊も厭わない。
- ジコ坊: 謎の僧侶。朝廷の命を受け、シシ神の首を狙う。世俗的で現実的な思考の持ち主。
- モロの君: サンの育ての親である巨大な山犬の神。人間を憎み、森を守るために戦う。
- 乙事主(おっことぬし): 巨大な猪の神。老いて盲目になっているが、森を守るために最後の戦いに挑む。
- シシ神: 森の奥深くに住む生命の神。昼は動物の姿、夜はデイダラボッチと呼ばれる巨人の姿をとる。生と死を司る存在。
テーマとメッセージ#
『もののけ姫』は、多層的なテーマを持つ作品である。
- 人間と自然の共存: 最も中心的なテーマは、人間と自然の関係性である。人間は自然を破壊しながら文明を発展させてきたが、その結果として自然の神々との対立が生じる。宮崎監督は、どちらか一方を「悪」と断定するのではなく、双方の言い分や立場を丁寧に描き、安易な解決策を示さないことで、観客に深い問いかけを投げかけている [8]。
- 暴力と憎悪の連鎖: タタリ神の呪いは、人間と自然の間に存在する憎悪と暴力の象徴である。アシタカは、この呪いを通じて、争いが新たな憎しみを生み出す連鎖を目の当たりにする。彼は憎しみに囚われることなく、未来へと進む道を探ろうとする。
- 弱者の救済と女性の自立: エボシ御前が率いるタタラ場では、遊女やらい病患者といった社会の弱者とされる人々が平等に働き、生きる場所を与えられている。エボシ自身も強い指導力を持ち、女性が力強く生きる姿が描かれている点は、当時の社会状況に対する宮崎監督のメッセージと解釈される [9]。
- もののけ(アニミズム)の世界観: 「もののけ」という言葉は、日本古来のアニミズム的な自然観や、畏怖の対象としての神々を表現している。この映画では、自然そのものが神々として描かれ、人間がそれらを畏れ敬うべき存在として認識していた時代の精神性が表現されている [10]。
関連事項#
興行成績と評価#
『もののけ姫』は、1997年7月12日の公開後、瞬く間に社会現象を巻き起こした。最終的な興行収入は193億円を記録し、当時の日本映画歴代興行収入第1位となる大ヒットを記録した [11]。これは、それまで1位であった**E.T.**の記録を塗り替えるものであった。
国内外で高い評価を受け、第21回日本アカデミー賞最優秀作品賞、ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品など、数々の賞を受賞した。海外での配給は、ミラマックスのハーヴェイ・ワインスタインが担当し、ニール・ゲイマンが英語吹替版の脚本を担当したことでも知られる [12]。
音楽#
本作の音楽は、宮崎作品の多くを手がける久石譲が担当した。壮大で民族的なメロディーは、物語の世界観を一層深める上で重要な役割を果たした。特に、メインテーマである「アシタカせっき」や「もののけ姫」は、映画を象徴する楽曲として広く知られている。オーケストラによる演奏と、日本古来の楽器の音色が融合した音楽は、国内外で高い評価を得ている [13]。
影響と後世への評価#
『もののけ姫』は、その深いテーマ性と圧倒的な映像美により、日本のアニメーション映画の歴史において重要な転換点となった作品である。それまでのアニメーションの枠を超え、社会的なメッセージを持つ芸術作品として認知された。
環境問題や共存というテーマは、現代社会においても依然として重要な課題であり、本作は公開から長い年月を経てもなお、多くの人々に影響を与え続けている。また、手描きアニメーションとCGの融合は、その後のアニメーション制作に大きな影響を与え、表現の可能性を広げた [14]。宮崎駿監督自身も、本作を「集大成」と位置づけており、自身の作家性確立における重要な作品として認識されている。
宮崎作品における位置づけ#
宮崎駿監督のフィルモグラフィーにおいて、『もののけ姫』は『風の谷のナウシカ』以来の「自然と人間」というテーマを本格的に扱った作品であり、より複雑で多角的な視点から描かれている。善悪二元論では語れない人間の業や、それでもなお生きようとする生命の輝きが描かれている点で、監督の思想の深まりが感じられる作品となっている [15]。
脚注
- スタジオジブリ「もののけ姫」公式ウェブサイト https://www.ghibli.jp/works/mononoke/↗↩
- 宮崎駿「出発点 1979〜1996」徳間書店、1996年。ISBN 978-4-19-860541-1。↩
- 「もののけ姫」パンフレット、東宝、1997年。↩
- 叶精二「宮崎駿全書」フィルムアート社、2006年。ISBN 978-4-8459-0687-3。↩
- 「ロマンアルバム 宮崎駿監督作品 もののけ姫」徳間書店、1997年。ISBN 978-4-19-720026-1。↩
- 「もののけ姫」本編ディスク、スタジオジブリ、1997年。↩
- 同上。↩
- 押井守「宮崎駿の『もののけ姫』をどう観るか」徳間書店、1997年。ISBN 978-4-19-860738-5。↩
- 「宮崎駿のすべて」キネマ旬報社、2001年。ISBN 978-4-87376-574-4。↩
- 中沢新一「精霊の王」講談社、1998年。ISBN 978-4-06-258137-0。↩
- 日本映画製作者連盟「過去興行収入上位作品」https://www.eiren.org/toukei/index.html↗↩
- 鈴木敏夫「仕事道楽」岩波書店、2005年。ISBN 978-4-00-500508-3。↩
- 久石譲「久石譲in武道館 〜宮崎アニメと共に歩んだ25年間〜」コンサートパンフレット、2008年。↩
- 「スタジオジブリ物語」文藝春秋、2018年。ISBN 978-4-16-390885-3。↩
- 宮崎駿「折り返し点 1997〜2008」徳間書店、2008年。ISBN 978-4-19-862602-7。↩
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